間もなく新政府軍による箱館総攻撃が開始される。
旧幕府軍の敗色の色は濃くなるばかりで。
この総攻撃では生きて帰れないかもしれない。
だからこそ、土方さんは私を箱館から遠ざけようとした。
でも、私はその道を選ばなかった。
この命が続く限り、彼の側にいたい。
そしてともに戦い抜きたい。
そう思ったから……………
目が覚めた私は、先程まで感じていた隣の温もりが消えていることに気が付いた。
「………土方さん?」
蛻の殻となった布団に手を当て確かめる。
まだ暖かい。
慌てて部屋を見回すと、片隅で静かに身支度をしている土方さんの姿があった。
「何処かへ行かれるんですか?」
「……起きてしまったのか。」
苦笑混じりに土方さんは答える。
私に気付かれないうちに、外出するつもりだったらしい。
「私も一緒に行ってもいいですか?」
急いで立ち上がろうとしたんだけど。
体に上手く力が入らなくて、転んでしまった。
「まだ辛いんだろう?」
そう言って微笑む土方さんと目が合い、先程のことが一瞬で頭に蘇ってしまった。
「そっ……それは……」
「だから俺一人で行こうと思ったんだが…」
「この位平気です!一人で待っている方が辛いもの…」
後どれくらい一緒にいられるか分からない。
もしここで別れたら、もう二度と会えなくなるかもしれない。
そんなのは嫌。
あくまでついて行く考えを曲げようとしない私に、
土方さんは仕方ないといった風なため息をつく。
「わかった。だが無理はするなよ。」
「はい。」
馬小屋から一頭の馬を連れてきた土方さんは、私を先にその馬に乗せ、その後ろに跨った。
馬の腹を蹴り、勢いよく駆け出す。
「………?」
箱館市中とは反対に走り出したので、私は疑問に思った。
「何処へ行かれるんですか?」
「着けば分かるさ。」
それ以上は何も答えてくれない土方さん。
戦いの直前に、出向かなければならないほどの用なのだろうか。
ひたすら大野方面へ向けて、馬を走らせていた。
着いたのは、とある一件の農家だった。
「これは土方先生……」
「このような時分に申し訳ない。」
「どうされたのですか?」
「これを……」
そう言って土方さんが家の人に手渡したのは、金の入った袋だった。
「あの時はすまなかった。世話になったな。」
その言葉で、家の人は全てを感じ取ったらしい。
「ご武運をお祈りしています。」
「ありがとう。」
家の人は、私達の影が見えなくなるまで、私達を見送り頭を下げていた。
「土方さん、今の家は…?」
状況がよく飲みこめていない私に、土方さんが説明してくれた。
「俺達が蝦夷に来た頃に、食料を買い取った農家だ。
最もあの頃は金が無かったから、支払いが今になっちまったがな…。」
その後ふと、土方さんの瞳に淋しそうな色が浮かんだ。
「今を逃すと、二度と返せないだろう?」
「………!」
土方さんのその言葉が、もう最期は近いのだと、改めて自覚させる。
この人はもう死を覚悟しているんだ。
私もここに残ると決めた時に、その覚悟はできていたはずなのに、
心の何処かで、二人とも生き延びることを望んでいるのかもしれない。
こんな気持ちのまま戦場に出たら、足手まといになってしまう。
戦闘が始まるまでに、気持ちの整理をつけなくちゃ…
「…?大丈夫か?」
急に押し黙ってしまった私を、心配そうに覗き込む。
その声が、瞳が、あまりにも優しいから、
私は思わず泣いてしまいそうになる。
覚悟を決めようと思ったばかりなのに。
「無理はするな、と言っただろう。」
そう言うと土方さんは、後ろからそっと抱き締めてくれた。
「泣きたいなら、泣けばいい。」
「ごめ…なさ……っ…すぐ…泣き止みます…から…」
全ての農家を廻り終えるまでの間、しばらくその温もりに甘えていた。
「もう大丈夫です。」
泣き止んだ私は、土方さんに笑顔を向ける。
「そうか。……では行くか。」
「はい!」
きっとこれが最期の戦いになる。
例えその先に、どんな結末が待っていても、私は後悔しない。
女のでいるのは、これで最後。
ここから先は、武士として、土方さんとともに戦うんだ。
私達が五稜郭へ戻る頃には、新政府軍の砲撃が始まっていた。
「早く陣を整えるぞ!」
俄かに慌ただしくなった私達のもとに、伝令の兵が駆け寄ってきた。
「総督!大変です!」
「どうした?」
「新政府軍が箱館山より奇襲を…。
市中が落ちるのも時間の問題かと思われます。」
「…………!!」
誰もが登れないと思い、兵を置かなかった箱館山から、新政府軍が現れた。
無防備な場所は、一気に進軍を許してしまう。
「まずいな…このままでは弁天台場が孤立する。」
弁天台場は、新選組が守備していて、
今まで土方さんに付き添っていた古参の隊士達も、今は台場を死守している。
「皆を助けに行くんですか?」
「無論だ!」
準備が整った土方さんは、馬に飛び乗り兵に声をかけた。
「これから箱館市中奪還へ向かう!ついてこい!」
土方さんを筆頭に、額兵隊が続く。
一本木関門に辿り着いた土方さんは、名乗りを上げた。
「新選組副長、土方歳三!無念に散った局長近藤を弔うべく貴様らを斬る!」
新政府軍の兵が、一瞬怯んだ。
それまで、市中を奪われて敗走してきた兵達は、
うろたえ、逃走しようとする者までいた。
そんな兵に、土方さんはいつもの檄を飛ばす。
「ここより退く者は、ここで俺が斬る!前進あるのみ!」
「土方総督がいらっしゃったぞ!」
「これで安心して戦える…」
兵達が、戦う気力を取り戻していく。
ホントに、彼の存在は凄いと思う。
「!新選組の誠の心意気を見せつけてやるぞ。」
「はい!」
でも、力の差は歴然としていた。
一度は新政府軍を押し返したものの、
再び一本木関門に押し戻されてしまった。
「戦況はどうなっている?」
「七重浜が新政府軍に突破された模様です!」
「ちっ……これじゃあキリがねぇ…」
眉を顰め暫く考え込んだ土方さんは、私に向き直った。
「この状況を立て直したい。、頼まれてくれるか?」
「もちろんです!」
土方さんが戦略を私に告げようと口を開きかけたその時……
一つの銃声とともに、土方さんが馬上から崩れ落ちた。
「土方さん!!」
私は土方さんに、必死で手を伸ばしたのだけれど…
再び銃声が聞こえ、体に鈍い衝撃を受けた後、
目に飛び込んできたのは迫り来る地面だった。
そのまま私も馬から落ち、地面へと叩きつけられる。
土方さんが心配で、側に行きたいけれど、体が思うように動かなかった。
「土方総督っ!くん!!」
数人の兵が駆け寄ってきて、周りを囲んだ。
助け起こされた私の目に飛び込んできたのは、
腹部から血を流し、ぐったりとしている土方さんの姿だった。
「……その声は……安富…か?」
「え……?はい、そうですが…」
「悪いな。目が霞んじまって、よく…見えねぇんだ…」
そう言われてみれば、私もだんだん目の前が暗くなってきている。
聞こえる声も、少しずつ遠くなっているような気がする。
「島田達に……伝えて…くれな…いか?」
「…何でしょう?」
「駆け付けられなくて……すまない…と…」
「わ…分かり…ました…」
安富さんは泣いているのだろうか。
声が震えているけれど、今の私はもう、
彼の表情を窺うことすらできない。
「……いる…か?」
「はい……」
「あり…が…とう………」
優しい手が、私の頭に置かれた。
こんな時に彼の表情が霞んで見えないのが悔しい。
「わ…私の血は……碧…になり…ますか?」
「ああ。……お前…は立派な…武士…だったぜ。
最期…まで…戦え…て…………」
その後、土方さんからの言葉は聞こえなかった。
薄れゆく意識の中で、今までの色々な事が思い出される。
不思議と、死への恐怖はなかった。
真っ暗なはずの視界に、一人の少年が佇んでいたから。
どうしてだろう…私はこの人を知っている気がする。
この人がいるなら、この闇の先へ進んでも大丈夫だ。
そう、思ったから………
最後まで武士として、義を貫くために戦ったと
胸を張ってそう言えるから、今の状況に悔いはない。
この先、この国がどう変わっていくのか…
私達の戦いは、決して無駄ではなかったのだと
そう思える日が訪れることを願って、私は静かに目を閉じた。
あとがき
土方ルート最後の恋愛イベントの直後から…。
とうとう書いてしまいました。副長の最期の戦いを…。
函館に行く前の私だったら、この話が書けなかったと思います。
気持ちの整理がつかない…のも勿論ですが、
それまで知らなかったエピソードもあったのです。
決戦前の大野方面の借金返済話は、本当にあったことのようです。
資料館で他にも、農民出身の副長ならではの、感動するエピソードがあり
ぜひ、入れたいなぁ〜と思ったのですが…
全てを入れると収集がつかなくなるので、一部にしておきました。
しかし、この話、恋華のシナリオだと時間的に少々無理が…(苦笑)。
なので、お疲れ(爆)の桜庭ちゃんも、強引に連れて行くことに…(^^ゞ
最期こそは、恋華に出てこないキャラは使わない…と思ったものの、やはり無理でした。
だって、副長を看取るのは、新参隊士ばかりなんですもの…(苦笑)。
イラストを描いていて、危うく安富隊士に、額兵隊の制服を着せる所でした(爆)。
顔はわからないので、断ち切り…という卑怯な手で誤魔化しました。
やはり最期…というのは、色々な思いが凝縮されていて、感慨深いです。